脱走犯のニュースを耳にした頃。

 現場と事務所の往復で少々疲れていた僕は、

 風呂にも入らずリビングのソファーで眠むっていた。

 点けっぱなしの照明と汚れた襟元の気持ち悪さが相まって、眠りは浅く

 強さを増した雨の音で目が覚めた。

 またあのギターを思い出した。

 『あのギターまだあそこにいるのかな･･･。きっと、まだあそこにいるのだろうな。

 寂しいだろうな。連れて帰ってやりたいな』

 彼氏でもないのにさ、勝手にカノジョの寂しさを想像して、胸が痛かった。

 『もし、明日現場に行って、まだあの場所にいたら、連れて帰ろう。

 壊れた個所を直してさ、そして、送り届けるのさ。また家の中で暮らせるように･･･』

 カノジョを連れて帰る理由ができたその夜、今から思えば随分よく寝むれた、そんな気がする。

 

 カノジョを迎えに行く朝。

 本来ならカノジョがあそこにもういないこと事を願うはずなのに、

 まだあそこに居て欲しいと思った。

 心躍らせ、高ぶる胸の鼓動を感じながら、現場に向かって車を走らせた。

 アクセルはいつもより1割増し、いや2割り増し、きっと1.5割増しだった。

『頼む、間に合ってくれ』

 駐車場につくなり、一直線の私道を小走った。

 入り口付近に車を停めて工具を降ろす大工さんに軽く挨拶を交わし、

 それから五歩前へ進み、入隅の軒下へ目をやった。

 まだカノジョはあの場所にいた。

 いや、まだあの場所に居てくれていた。

 僕が迎えに来るのを、ずっと待ってくれていた。

 『迎えに来たよ』そうカノジョにアイコンタクトをすると

 カノジョは「ニコッ」と微笑み返した。

 その場でカノジョの家族に承諾をもらい、自宅へ連れて帰ることにした。

 そして、カノジョは今、僕の横で眠っている。

 

 その後の物語は、皆さんのご想像にお任せします。

 というのは、冗談で。

 「よっしゃ直すぞ！リペアするぞ！」

 

 

次回は、「引き渡し前夜」をお送りします。